◇東芝ブレイブルーパス東京、埼玉パナソニックワイルドナイツ戦マッチレポート

清水建設江東ブルーシャークスは5月10日、東芝府中グラウンドで行われたトレーニングマッチに臨んだ。ディビジョン1の東芝ブレイブルーパス東京、埼玉パナソニックワイルドナイツとそれぞれ40分間の変則マッチを行い、東芝には0-10、パナソニックには5-31で敗れた。今季限りでの引退を表明している宮㟢、田中らも出場。それぞれがブルーのジャージーに袖を通し、チームのために力を尽くした。
走り切った宮㟢は、笑顔だった。試合後は明治大学の後輩・髙橋や相手チームの旧友らと記念撮影に収まった。背後には快晴の空の下、鮮やかな緑の天然芝が広がっていた。東芝、パナソニックとの2試合。合計80分間をピッチで戦い抜いた。
最後までグラウンドに立つこと。それがシーズン前、仁木監督と交わした約束だった。東芝戦の序盤、自陣ゴール前でパスを受けた際に相手選手と激しく衝突した。頭部を強打して一時フィールドを離れたが、強い意志で戦いの場に戻ってきた。ボールを持てば、タックルを受けても簡単には倒れない。少しでも前へ。その意思が、プレーの端々に宿っていた。「やっぱり楽しかったです」。穏やかにそう口にした表情に、静かな充実感が浮かんでいた。ラグビーへの愛情が詰まっていた。

今季はリーグ戦に出場することはできなかった。それでも、宮㟢はスパークス(ベンチ入りしなかった選手たち)として、対戦相手のプレースタイルを模し、試合に出るメンバーを支え続けた。表舞台に立つことはなくても、ラグビーから離れることはなかった。膝の手術も経験したが、休むことなくグラウンドに通った。怪我で練習に参加できない日々でも、トレーニングを継続しながらチームと行動をともにした。自分にできる役割を果たし続けた。
この日の試合開始直前、ブルーシャークスのディビジョン1との入替戦進出が決まった。昨季7位だったチームの大躍進。その知らせを受けた宮㟢が語ったのは、自分のことではなかった。「昨年と今年の結果で、チームとしては雲泥の差。引退を延ばしてもう1年続けて良かった。いいチームです」。試合に出られなかった悔しさより、チームの成長を躊躇いなく口にできる。彼は自分自身だけではなく、仲間に対しても誠実だった。フルタイムで会社員をやりながらラグビーで頂点を目指す。そのために、個の力ではなく全員がチームの戦術を理解し、遂行する。そんなブルーシャークスの文化を支えてきたのは、宮㟢のような選手だった。

長崎北陽台高校、明治大学を経て2019年に加入。7年間、ブルーシャークスでプレーしてきた。最も印象に残っているのは、1年目の最後の釜石戦。秩父宮ラグビー場。大勢の観客。会社の同僚たちも見守る中、後半わずか9分の出場だった。それでも「とりあえずインパクトを残そう」とピッチに立ち、自分らしいプレーができた。「ラインブレイクした時とかは楽しいですね」。ボールを持って前を切り裂くこと。流れを変えること。自分のプレーでチームに勢いをもたらすこと。そういう瞬間に喜びを感じてきた。怪我に苦しみ、思い描いたようにプレーできないもどかしさとも戦いながら、それでも最後までグラウンドに立ち続けた。
仕事とラグビーを両立すること。ブルーシャークスのアイデンティティの意味を、宮㟢は深く理解していた。「ラグビーをやっていることは、仕事をする上で武器になると思っています」。取引先にはラグビーを好きな人がいる。学生時代の試合を見てくれていた人がいる。チームを応援し、支えてくれている人がいる。競技を続けてきた時間が、人とのつながりを生み、会話の入口となる。信頼を築くきっかけにもなる。何より、働く中で、企業人として誰にも負けたくなかった。好きなラグビーを言い訳にしたくなかった。後輩たちにも、その姿勢を伝え続けた。
資材の購買や協力会社との交渉を担う調達部で働く宮㟢にとって、日頃やり取りする協力会社の多くはブルーシャークスのスポンサーでもあった。仕事で向き合う相手が、ラグビー部を支えてくれている。その現実を肌で感じていた。「仕事でもラグビーでも、裏切ることはできない」。自分に負けそうな時、感謝の気持ちが心と体を奮い立たせてくれた。

ラグビーから離れても、人生を通して理想を目指す戦いは続く。「漠然としていますが、かっこいい人になりたいです。余裕がある人。辛い状況でも、辛く見えないように振る舞うことが理想です」。選手としての歩みは、それとは違ったかもしれない。「ラグビーでは必死でした」と笑った。チームが入れ替え戦に進んだことによって、彼の競技人生も3週間延びた。その先に待つのは、チーム史上最高の挑戦の舞台だ。
「入れ替え戦はホームもアウェーも夢の島。最後までグラウンドに立つというのが仁木監督との約束なので、試合に出るチャンスもゼロではないとなると、頑張るしかないです」。試合に出ようと、メンバーを支えようと、宮㟢の立ち位置は変わらない。仕事とラグビーを両立しながら頂点を目指す仲間と肩を並べて、チームの躍進をピッチの内外で支え続けてきた。ブルーシャークスの一員であることが誇りだった。7年間このチームで戦い続けてきた男の最終章。これまでと同じように、役割を全うすること。自分がやるべきことは、誰よりもよく分かっている。
宮㟢永也選手 一問一答

質問者:今日のプレーはいかがでしたか。
宮㟢選手:全然ダメでした。満足はいっていないですけど、悔いは残っていないです。今日がラストだとしても。ただ、入れ替え戦の2試合があるので、もちろん最後まで出せる力は出します。
質問者:今日の試合のご自身でのテーマは何でしたか。
宮㟢選手:思いっきりやるということしかなかったですね。チームとしてやるべきことはありますけど、それとは別に、吉廣コーチと坂本コーチからは「好きなようにやれ」と話をされていたので。シーズンの締めくくりなので、それで悔いが残るのが一番嫌でした。ボールキャリーについてはしっかり前に出ること。あとは怪我をしないことと楽しむ事ですね。楽しかったです、やっぱり。
質問者:サポートメンバーで何試合か帯同していて、ラグビーをやりたそうな顔をしていましたね。
宮㟢選手:そうですね。ただ、やりたい気持ちと、やれていた自分が今までいたことと、それを体現できなくなってくる自分の体との差が結構出るんです。イメージはできてもそれができないもどかしさはありました。今年のシーズン初めまでは良かったんですけど、怪我が重なって手術して、復帰して、うまく戻れなかったところがありました。

質問者:今シーズンの途中で手術を受けていましたね。
宮㟢選手:膝の手術をしました。そんなに大した手術ではないんですけど、あまり良くならなかったです。ただ、去年から引退するという気持ちはありましたが、もう1年延長しました。去年の結果と今年の結果では、チームとしては雲泥の差というか、もう1年やって良かったなと思います。いいチームです。
質問者:思い出に残っている出来事はありますか。
宮㟢選手:一番思い出に残っているのは入団して1年目、最終戦が釜石戦で、秩父宮でやった時です。後半9分しか出なかったんですけど、その時間でとにかくインパクトを残そうと思って出た試合です。試合には負けたんですけど、それが社会人では一番残っています。観客も、会社の人も多かったということと、個人的にいいパフォーマンスができたことです。楽しかったですね。
質問者:いいパフォーマンスができたと思うのはどのような時ですか。
宮㟢選手:ラインブレイクした時とかですね。どちらかというとアタックのイメージが多いです。大学の時はディフェンスの方が好きでしたけど。
質問者:なぜディフェンスが好きだったんですか。
宮㟢選手:高校の色ですね。うちの高校はディフェンスから流れを作るチームだったので、タックルやブレイクダウンは厳しく練習していました。大学の時もブレイクダウンの練習は厳しかったです。体を当てることは嫌いではなかったんですけど、怪我が増えたり、相手が大きくなってきたりすると、痛いし怖いですよね。(笑)
質問者:ラインブレイクやボールを持って走る楽しさを覚えたのはいつ頃ですか。
宮㟢選手:小学校の頃ですね。

質問者:仕事とラグビーを両立する中で、仕事に向き合ううえで大切にしていることや、意識していることはありますか。
宮㟢選手:同年代にはもちろん、先輩にも負けてはいけないと思っています。仕事でちゃんと見せないと、ラグビーをやっていることがハンデになってしまう。でも、正直ラグビーをやっていることは武器になると思っています。取引先にもラグビーをやっていた方や好きな方がいますから。それは後輩にも言っています。
今回、チームは入替戦に行けましたけど、僕ら社員が練習を増やしたり仕事を減らしたりしたのかと言われると、全くしていません。そこはチーム全体としてプライドを持たないといけないところです。個人としても仕事は絶対におろそかにしないし、負けないようにやっています。
質問者:だから練習も100%でやらなければいけないと思っていたんですね。
宮㟢選手:それはあります。仕事でもラグビーでも、ラグビーがあるから、仕事があるからと逃げたくなる時は誰しもあると思います。でも、そこは自分を律してやるしかないです。
質問者:自分を律するには、どうすればいいのでしょうか。
宮㟢選手:仕事は頼りにされないと負けだと思っています。そこで逃げて、一時の楽によって今後苦しくなるのか、そこをこらえて頑張って、後でしっかり自分の地位を確立するのか。その天秤にかけた時だと思います。あとは感謝の気持ちを忘れないことです。
質問者:具体的には、誰に対する感謝でしょうか。
宮㟢選手:僕は今、調達部というところにいて、協力会社さんがたくさんいます。ブルーシャークスのパートナー企業さんは、ほとんどが協力会社さんなんです。普段、商談や交渉をしている人たちがブルーシャークスのスポンサーでもあります。そういう人たちに支えられてラグビーができていることを日頃感じられます。仕事でもラグビーでも、そういう人たちを裏切れない気持ちはあります。

質問者:プライベートでは、昨年結婚されたと伺いました。
宮㟢選手:僕は小学校から、あまり怒られることを経験してこなかったんです。でも妻は、すごく僕に喝を入れてくれるんです。こんな人は初めてだなと思いました。僕が持っていないものをたくさん持っています。視野が広くて、気が利いて、人思いで、人の感情を読み取る力も強い。周りへの気遣いもすごいです。僕にいい影響を与えてくれるところがかなり多いし、お互いに尊敬し合える存在です。
質問者:視野が広くて気遣いができるというのは、宮㟢選手に対する私の印象と同じです。
宮㟢選手:そうなんですか?僕は新入社員の時にそれができなくて、散々「そんなんじゃダメだよ」と喝を入れられてきました。そう言っていただけるようになれたのは、今の僕があるのは妻のおかげですね。正直、新入社員の時は一匹狼気質でした。嫌われることも怖くなかったですし、正しいことが正義というような人間でした。でも社会人は敵を作らないに越したことはないので、そういう考え方も変えてくれました。
質問者:社会人としての目標はありますか。
宮㟢選手:僕のモットーは楽しく仕事をすることです。厳しいことも楽しみたいと思っています。常に向上心を持って成長していくことが目標です。
質問者:仕事ではどのような時が楽しいですか。
宮㟢選手:認められた時じゃないですかね。現場や上司、お客様から認められて、「また次も頼むよ」となった時はやりがいがあります。頼りにされること、必要とされることだと思います。
質問者:社会人ということに限らず、どのような人になりたいですか。
宮㟢選手:漠然としていますが、かっこいい人になりたいです。余裕がある人はかっこいいですよね。自信から生まれる余裕だったり、状況がつらくても余裕があるように見せられる人は、かっこいいなと思います。仕事では特にそうですね。

質問者:ラグビーでも練習中に苦しそうな表情は見せませんでしたね。
宮㟢選手:全然そんなことないです。僕はどちらかというと必死にしがみつく、泥臭い感じでした。でも、試合中のつらい局面でも笑顔でいようというのは高校の時からありました。
質問者:入替戦に行けることになり、引退が延びました。
宮㟢選手:はい、史上最高の成績で、最高のシーズン終了です。しかも入替戦に行けるので、まだラグビーが3週間できるんですよね。
質問者:入替戦はどちらも夢の島ですね。
宮㟢選手:そうですね。ホームもアウェーも夢の島です。最後までグラウンドに立つというのが仁木監督との約束なので、試合に出るチャンスもゼロではないとなると、頑張るしかないです。