◇ 日野レッドドルフィンズ戦マッチレポート

清水建設江東ブルーシャークスは1月18日、AGFフィールド(東京都調布市)で行われたNTTジャパンラグビー リーグワン2025-26 ディビジョン2第4節で日野レッドドルフィンズと対戦。24―14で競り勝ち、開幕から無傷の4連勝を飾った。チームはこの勝利で勝ち点4を加え、通算17として2位をキープ。次節は2月7日、夢の島競技場(東京都江東区)に舞台を移し、勝ち点差「1」で追う首位の近鉄ライナーズと対戦する。

かつて自分が思い描いていた光景が現実となって、スタンドのコーチボックスから見下す吉廣ヘッドコーチの眼下に広がっていた。7ー7で迎えた前半21分。自陣22メートルライン手前で相手のキックをキャッチしたのはウイングの西端だった。チャージしてきた相手を冷静にキックフェイントでかわし、そのまま前に走り出す。次の刹那でトップスピードに乗ると、止めにきた3人を一気に置き去りに。最後の一人をインサイドへの切り返しで抜き去り、約70メートルを独走する衝撃の勝ち越しトライ。フィールドを一人で切り裂いたルーキーは、ゴール裏で待っていた控え選手たちの輪に飛び込んで歓喜を分かち合った。
一昨年の秋が深まる頃、吉廣は初めて西端の映像を目にした。足の速さや相手との間合いの取り方。卒業間近にもかかわらず進路が決まっていなかった画面の中のウイングは、自分がヘッドコーチとして教えることができない稀有な資質を持っていた。彼のような自分で走って得点を取りに行ける選手が欲しいと思った。「彼なら成長してチームのレギュラーになれます」。仁木監督に獲得を直訴した。この日の2トライで西端は開幕から4戦5トライを記録。ギリギリで選手生命を繋いできた23歳は、ブルーシャークスの攻撃を象徴する存在となった。

目の前の相手を抜き去ること。それが、西端の人生だった。元サニックスのフランカーだった父・要さん、バレーボール選手の母との間に長男として生まれた。ラグビーを始めたきっかけすら、もはや思い出せない。彼が楕円球を追いかけるようになるのは自然の流れだった。6歳で地元・福岡の玄海ラグビースクールに入団。学校が終わると、父や一つ年上で後に東福岡高、明治大を経てクボタスピアーズ船橋・東京ベイでプレーする廣瀬雄也らと2対2に明け暮れた。家の近くの公園やグラウンド。場所はどこでもよかった。相手の動きを見て、抜く。かわす。その繰り返しが、自然と西端の身体に染み込んでいった。「相手のディフェンスがどう動くか、大体わかるんです」。この試合でのトライでも見せたその感覚は、日々の遊びと反復の中で磨かれてきた「身体の記憶」だった。
試合でも練習でも、相手を抜くたびに父は決まって褒めてくれた。「やるやん。本当に俺の子か?」。その一言が、西端の胸を高鳴らせた。フランカーとして泥臭さを身上としてきた自分とは違うプレースタイルの息子を冗談まじりに称える父の笑顔が、嬉しかった。その喜びが西端の中の「楽しい」を育てた。

「他は甘やかされて育ちました」と笑って語る西端だが、父はラグビーに対しては厳しかった。中学生の頃、現役を引退して玄海ラグビースクールのコーチとなった父はタックルバッグを家に持ち帰り、庭で息子にタックルの特訓を敢行した。「悔しいし、お父さん強いし。痛いし」。辛さに涙が溢れた。タックルは、正直に言えば好きではなかった。それでもやめなかった。試合に出たい気持ちが、苦しさを上回っていた。ボールを持って走り、相手を抜き去った瞬間の感覚は、すべてを帳消しにしてくれた。
高校は、兄のように慕い、憧れてきた廣瀬の背中を追いかけて、全国屈指の名門・東福岡へと進んだ。だが、そこは決して「抜ける選手」であるだけで通用する場所ではなかった。「下手くそやったんで」。100人以上の部員がいる中、西端は一番下のFチームからのスタートとなった。それでも東福岡では、毎週のように試合があった。実戦でボールを持てる。仕掛けられる。成長の舞台が常に目の前にあるのは、ありがたい環境だった。「周りが上手い人ばっかりだったから勝手に成長していけましたね」。西端はそう振り返る。名門にあって、試合そのものが鍛錬の場だった。限られた時間、限られたタッチ数の中で、西端は自分の存在を示さなければならなかった。仕掛けるべきか、我慢すべきか。抜けるか、つなぐか。判断の一つひとつが、次のチャンスを左右する。遊びの中で身につけた感覚は、真剣勝負の緊張の中で磨かれ、次第に「武器」と呼べるものへと変わっていった。
試合に出れば出るほど、相手との間合いは研ぎ澄まされ、スピードの使い方は洗練されていった。名門の中で埋もれるのではなく、自分の形で居場所を切り拓いていく。その過程そのものが、西端を“ラグビー選手”へと変えていった。そして何より、最も身近で尊敬する存在に褒められて育った経験があったからこそ、どんな逆境でも自分を信じることができた。その記憶と温もりが、憧れがどんなに遠い背中でも、まっすぐに追いかけ続ける力をくれた。主将として活躍していた廣瀬とともにフィールドに立つことは叶わなかったが、3年生になる頃に西端はAチームへと昇格を果たした。

ブルーシャークスに入団してからも、西端のひたむきさは変わらなかった。ただし、そのベクトルは確実に変化していた。それまでの彼が「抜く」ことに夢中になっていた選手だとすれば、ブルーシャークスに来てからの彼は、「戦い続ける」ことに重心を置く選手へと変わっていった。社会人になって、西端はラグビーとの向き合い方そのものを見つめ直した。「最初は“試合に出ること”が目標だったんですけど、今は“試合に出続けること”が目標になっています」。近畿大時代に怪我が多かったこともあり、ブルーシャークスではまず体を壊さずに戦い続けるという視点から、自分を作り替えていった。
生活は大きく変わった。「体にめっちゃ気を使うようになりました」。大学生の頃は時間があれば眠り、1日に10時間、12時間と寝ることも珍しくなかったが、今は違う。「寝過ぎると、夜眠れなくなる。生活リズムを整えるのが一番大事やなって思うようになりました」。オフの日でも決まった時間に起き、朝食をとる。眠ければ仮眠を入れ、昼もきちんと食べる。“練習のための体”ではなく、一年間戦うための体を意識するようになった。仕事があるから早起きする。休みの日も自然と同じリズムで目が覚める。「それで体の調子がめっちゃ良くなってきました」。眠気はあっても、だるさはない。頭もすっきりして、プレーにメリハリが生まれた。ラグビーのために生活を整えるという感覚は、働きながらプレーするこのチームの一員になって必然的に身についたものだった。
そしてもう一つ、西端が変えたのが「考え方」だった。「社会人になってから、考えながらラグビーするようになりました」。ボールをもらっていない時にどこに立つのか。相手のディフェンスがどう動いているのか。状況に応じて、何を選ぶべきなのか。ブルーシャークスのコーチ陣から多くのことを教わりながら、西端は“感覚で走る選手”から、“状況を読む選手”へと進化していった。「高校、大学の頃は『走れればいい』みたいなところがありました。でも今は、考えながらプレーしています」。それは決して、西端の武器を失うことではなかった。むしろ、“抜く才能”に“考える力”が加わったことで、彼のプレーは一段、奥行きを持つようになった。

試合後、報道陣のインタビューを終えた西端は、選手バスの座席に腰を下ろすと、どこか眠たそうな表情のままスマートフォンを手に取った。激闘を終えたばかりの疲労が、深く身体に残っていた。それでも、画面を見た瞬間、思わず口元が緩んだ。そこには、先ほど自分が走り抜けた約70メートルの軌跡がしっかりと残されていた。「何回でも見てられますね」。そう言って照れくさそうに笑いながら、西端は再びその映像に視線を落とした。この瞬間があるから、何度だって走り出せる。両掌に収まる小さな光の中には、一人のラガーマンの精一杯の表現が映っていた。そこには、西端玄汰の生きる理由が、鮮やかに映し出されていた。
◇仁木監督、安達航洋キャプテン会見

質問者:本日の試合の総括をお願いします。
仁木監督:まず初めに、開催にご尽力いただきました関係者の皆様、協会の皆様、本当にありがとうございました。昨年、我々は最終戦で日野に負けて入れ替え戦が決まり、本当に悔しい思いをしました。その光景は今でも目に焼き付いており、忘れられません。
その中で「タフにやり切ろう」というシーズンを過ごしてここまで来ましたが、本当に選手自身がタフになったと思います。4連勝はおそらくブルーシャークス史上初めてで、シーズン前に「史上最強のチーム」と言っていましたが、現実的に4連勝でき、近鉄に挑戦権を得たことは本当に嬉しいです。選手の成長もありますが、ここが終わりではありません。次の目標であるディビジョン1昇格に向け、明日からまた頑張りたいと思います。本日はありがとうございました。
安達選手:シーズンの中で日野との試合は重要な一戦になると監督とも話しており、チーム全員が認識していました。入りの部分で、相手はフィジカルが強いチームですが、負けないようこちらから前に出ようと話していて、先制できたのが良かったと思います。これまでの3試合は反則が多く、波に乗れない場面がありましたが、今日は比較的規律を守り、我慢強く守れたことが勝因だと思います。
質問者:仁木監督に質問です。今シーズン初スタメンで出場した高井優志選手の起用理由と評価を教えてください。
仁木監督:起用理由は本人が頑張っていたからです。昨年初めて試合に出て、怪我も多くなかなかチームにコミットできないところもありましたが、試合に出たいという顔を常にしていました。特にシーズンオフは練習オフの日のウェイト回数が誰よりも多かったと思います。本人の頑張りと実力でレギュラーを取ったと思います。一つ一つ着実にステップアップしていますし、足の速さはチームで一番だと思っています。プレーだけでなく、取り組み姿勢やラグビーへの思いも評価しており、何の心配もなく起用しました。

質問者:4連勝ということで、このまま勝ち続けるために必要なことは何でしょうか。
仁木監督:これで終わりではなく、ようやくスタートラインに立ったと思っています。昨年の勝利数(5勝)もまだ超えていませんので、4連勝は成長を感じられる一方、昇格するには(花園)近鉄ライナーズに勝たなければなりません。泥臭く、試合までの3週間をそこにフォーカスしていきたいと思います。
質問者:今日の試合、スクラムでかなり圧倒できたと思います。その影響と実際に組んだ感覚を教えてください。
安達選手:セットプレーはシーズン前から力を入れてきました。特に1番・3番の野村(三四郎)選手と李(優河)選手が引っ張ってくれています。今日もそこでプレッシャーをかけていこうということを最初のゲームプランから話していたところでした。最初のスクラムで「いける」という感覚があり、スクラムを軸に試合を優位に進めていければというところはありました。

質問者:西端玄汰選手への評価とチームへの影響を教えてください。
仁木監督:練習中もクラブハウスでもネガティブな姿勢を見せたことがなく、常に笑顔で真摯にラグビーに向き合っています。純粋にラグビーを楽しんでプレーしているのが伝わり、初心に帰らせてくれる選手です。チームにとって欠かせない存在になってきており、まだまだ伸びしろがあります。課題はディフェンスで、もう一歩前に出て止めてほしいですが、着実に改善しています。今後も期待しています。
質問者:今季4連勝のポイントは何でしょうか。
仁木監督:チーム全体の底上げです。昨年は後半にエナジーを出せず逆転される試合が多かったですが、今季は後半から出るメンバーがエナジーを与えてくれています。ディフェンスでも前に出て、引っ張っていってくれる。そこが違いかなと思います。
質問者:今季キャプテンに抜擢した安達選手のキャプテンシーをどう見ていますか。
仁木監督:言葉ではなくプレーで引っ張るタイプで、前線で誰よりも前に出てディフェンスをしてくれています。日々リーダーシップが増し、言葉にも重みが出てきました。ラグビーも私生活も考えながら行っているその深みや重みは、経験がものを言うと思います。スタッフも選手もついていきたいキャプテンです。

質問者:日野レッドドルフィンズとは昨シーズンの最終戦だけでなく、プレシーズンマッチでも思うようなプレーができず悔しい思いをしたと思います。それでも今のブルーシャークスが史上最強だと確信を持てたのは、どのようなところにありますか。
仁木監督:ラグビーに対する取り組み、姿勢、振る舞い、言動、全てだと思います。グラウンドに来る回数も今年はとても多く、仕事とラグビーを両立しながら時間を捻出して、ラグビーに真摯に向き合ってくれています。日野レッドドルフィンズに今季は2勝して階段を上りたいと思っています。
質問者:若い選手が成長できるブルーシャークスの文化や風土はどこにあると思いますか。
仁木監督:まず仲が良いことです。ただふざけるのではなく、高め合いながら意見を言い合える関係です。ロッカールームの中でもネガティブな言葉がないと思ってます。良い文化と風土は我々スタッフが引っ張っていくものだけではなく、選手も引っ張ってくれている。この雰囲気は1、2年で作れたものではなく、吉廣ヘッドコーチが先頭に立って築いてくれたもので、それが選手に良く伝染していってくれたのかなと思います。

質問者:西端選手のような後輩が活躍することについてどう感じていますか。
安達選手:西端に限らず、今シーズンは若手でチームを引っ張っていきたいと思っていたので、下の代が先頭に立ってくれるのは嬉しいです。良い文化になると思います。
質問者:キャプテンから見て、西端選手の良い部分はどこでしょうか。
安達選手:迷いがないところですね。ブルーシャークスの選手は決められた役割をしっかり遂行するという点が強みだと思うのですが、西端はそこにプラスして自分が前に出る姿勢を持っています。チームに良い影響を与えています。

質問者:今日の試合、ほとんど敵陣でプレーができていたと思います。トライを取り切れない場面もありました。その点はいかがですか。
仁木監督:取り切れない部分は伸びしろです。3週間で積み上げれば、もう一段階上に行けると思います。
質問者:ありがとうございました。
◇西端玄汰選手 一問一答(2トライを決めて2戦連続のプレーヤー・オブ・ザ・マッチ)

質問者:トライを振り返って、いかがでしたか?
西端選手:一本目はラインブレイク。ビリー(バーンズ)がいつもあの抜け方するんで、僕顔出すのいつも遅れちゃうんで。今日はそれを予想していけましたね。
質問者:最初のトライの後ポーズはなんですか。
西端選手:あれは(髙井)優志さんが練習で良いプレーした時、あのポーズやるんですよ。
質問者:初スタメンの髙井選手に向けたお祝いみたいな?
西端選手:そうですそうです。

質問者:2本目はすごい走りましたね。
西端選手:2本目はたまたまですよ。空いてたんで。
質問者:自分の中で空いてたら行こうっていうのは想定してた?
西端選手:想定はしてなかったんですけど、キック蹴ろうとした時チャージされそうだったんですよ。でも相手飛んでたんで、キックダミーでいけるなと思ってキックダミーしたら、その後ランコース見えたから走ったって感じです。
質問者:その場面は覚えてますか?
西端選手:もう映像見ないと思い出せないんですよね。相手のディフェンスがどう動くか見てるかとか大体わかるから、どっちにステップ切ろうとか思いますね。

質問者:それはどうしてわかるのでしょうか。
西端選手:小さい頃、近所にラグビーしてる幼なじみがいて、公園でずっと2対2とかやってたんです。それですね、絶対に。今クボタ(スピアーズ船橋・東京ベイ)でやってる廣瀬(雄也)。ジャパンにも行ってて、弟もこの前セブンスのジャパンに選ばれてて。父もその時現役でラグビーやってたんで。その子達と父と学校から帰ってきてずっとラグビーしてましたね。
質問者:何歳から始めたんですか?
西端選手:6歳ですね。父はサニックス(宗像サニックスブルース)でプレーしていたんですけど、サニックスの第2グラウンドでやってた玄海ラグビースクールでラグビーやってましたね。気づいたらやってました。どういうきっかけでやったのか思い出されへんくらい。
質問者:お父様がコーチだったんですか?
西端選手:父は僕が小5ぐらいからコーチになりましたね。小5、小6まではたぶん現役やったんですけど。
質問者:その頃のことは覚えてますか?
西端選手:引退した時は覚えてます。めっちゃ悲しかったですね。めっちゃ泣いてましたもん。ラグビーやってるのが普通だと思ってたんで。
質問者:そこから自分のラグビーに対する気持ちは変わりましたか?
西端選手:あんまり変わらなかったと思いますね。ラグビーやってるのが当たり前みたいな。

質問者:子供の頃、泣きながらタックルしていたと聞きました。
西端選手:そうですよ、家の庭で。タックルできひんから、スクールのタックルバッグ持って帰ってタックルしてました。中学時代とか、号泣しながらタックルしてました。お父さんは強いし、悔しいし、痛いし。
質問者:それでもラグビーをやめなかったのは?
西端選手:やめたかったです。中学生の時は。タックル嫌いすぎて。でも楽しかったのもありますね。ボール持って走ることが一番楽しかったです。あとやめるって言いにくかったです。やめたら大学で普通のサークル入ってとかやってみたかったですね。でも、辞めなくて良かったです。ラグビーを通して本当にいい友達ができました。
質問者:ラグビーのどういうところが楽しいですか?
西端選手:相手を抜くところ。今日みたいに、みんなで勝った後は楽しいです。
質問者:今日で4連勝です。想像できてました?
西端選手:あんま想像はできてなかったです、正直。どのチームも強いので。今日はティノ(マリティノ・ネマニ)がいない中で勝てたのが大きかったですね。

質問者:プレシーズンからどういう点が良くなって現在の状態になりましたか?
西端選手:最初、1試合目とかめっちゃ緊張してたんですけど、どんどん試合に慣れてきて緊張せえへんくなってきて。
質問者:当初の開幕スタメンではなかったですね。
西端選手:めっちゃ悔しかったです。
質問者:負傷の選手が出て、急遽出た開幕戦でアシストを2本。次からの出場のチャンスをつかみました。高校時代の経験が活きてますか?
西端選手:(東福岡)高校の時は高3から出始めました。チームがFまであるんですけど、高1の時は下手くそやったんで、Fチームからのスタートで。高2でCまで行ったのかな。そこから3年生でAまで行きました。下のチームはコーチが見てくれていて、良かったら監督に報告が行って上がっていく感じでした。
質問者:高1の時から上手になったのはどのような理由だと思いますか?
西端選手:高校で上手くなったと思うんですよね。ランもフィジカルもそうですし。下のチームは毎週試合があるんで実戦が積める。上手い人ばっかりやから勝手に上手くなっていきましたね。東福岡高校って結構展開のラグビーをするんで、それでランが上手くなりましたね。
質問者:試合経験がすごく多かったんですね。
西端選手:試合が一番成長できると思います。
質問者:東福岡高校に行こうと思ったのはなぜですか?
西端選手:それは、一緒に2対2やってた幼なじみ(廣瀬雄也)が東福岡高校やったんで、ずっと追いかけてたからです。ライバルというよりは憧れでしたね。ラグビー上手かったんで。お兄ちゃんみたいでしたよ。1個上で東福岡でキャプテンして、明治でキャプテンして。

質問者:ブルーシャークスに入って1年近く経ちました。
西端選手:早起きにも慣れました。寝れる時に寝るっていう。
質問者:安達選手が会見で「ブルーシャークスの選手は決められた役割をしっかり遂行するという点が強みだと思うが、西端はそこにプラスして自分が前に出る姿勢を持っていて、それがチームに良い影響を与えている」と言っていました。
西端選手:嬉しいですね。
質問者:試合に出る時に「自分を出す」ということは意識しますか?
西端選手:すごく意識します。自分が活躍したいってすごい思ってるんですよね。試合に勝つのはもちろんですけど、自分が活躍して勝ちたいと思ってます。チームの役割を全うするのはもちろんの前提として、トライしたいです。自分が活躍したいです。ウイングなんで、トライ取るのが仕事なんで。それも役割を全うするという一つです。

質問者:この1年で成長したと思いますか?
西端選手:めっちゃ思いますね。コーチ陣がいっぱい教えてくれるんで。それを遂行したらどんどん上手くなっていってる感じはします。技術的な面やボールもらってない時の動き方とか、どこを見るとか、状況に合わせてとか。高校、大学は走れればいいやみたいな感じでした。社会人になって、どんどん考えながらラグビーするようになりましたね。
質問者:今日の1本目と2本目は、経験を元にして自分で考えて動いたと。
西端選手:そうですね。
質問者:勝って活躍した試合でも、もっとできたなっていう反省点はありましたか?
西端選手:今日もそうですし、すごくあります。今日ディフェンスがあんまり良くなかったんで。僕のせいでトライやボールを取られたのが何個かあった。
質問者:今の目標は?
西端選手:最初は試合に出ることやったんですけど、今は試合に出続けることが目標になってますね。それと大学の時から怪我が多かったんで、怪我しないっていうこと。体にめっちゃ気を使うようになったし、調子悪いなって時も、どうすれば戻せるとか、自分の体がどんどん分かってきましたね。

質問者:怪我しない方法は?
西端選手:大学の時は時間余ってたんで、その分寝てたんですよ。1日10時間、12時間とか。でも寝過ぎてたら夜眠れなくなるじゃないですか。生活リズム整えるのがめっちゃ大事やなと思って。オフはちょっと多めに寝ちゃうんですけど。朝ご飯ちゃんと食べて、眠たかったら寝て、昼も食べて。生活リズムを整えるのが大事やなと。
質問者:その生活は社会人に入ってすぐ始めたんですか?
西端選手:必然的になりましたね。朝、仕事あるから早起きしないといけないし。休みの日もリズムで勝手に起きるから良かったです。それで体が調子良くなってきましたね。眠くても、体のだるさがあんまなくなったんですよね。頭もスッキリしてるから。メリハリもできてる。
質問者:怪我してないですもんね。
西端選手:帰宅後にストレッチを絶対するようになったんですよね。ストレッチしたら次の日の足が軽くなるんですよね。ストレッチせえへんまま出たら次の日体が重いんですよね。
質問者:これからも応援しています。ありがとうございました。
